SAVE PAKISTAN BANK

パキスタン北部大地
震被災者を支援する団体
『セイブ パキスタン バンク』
¦ 募金のお願い ¦ 皆様からの募金総額
¦ Tシャツを着て募金しよう ¦ 掲載された新聞記事一覧 ¦ SPB活動レポート ¦ コラム

SPBがお世話になっている、日パトラベルの、情熱的なパキスタンでの支援活動を、この本から知ってください。災害の様子をしるという意味だけでなく、社会構造の問題や、アメリカを中心とした、世界の構図に疑問を感じるはずです。事務局長、加藤も、ちょっと写真にうつってます。

コラム

登山を通して

私は登山を通してパキスタンとかかわりがありました。 ヨーロッパの三大北壁の冬季初登攀に成功した長谷川恒夫といったら、 世の中では山好きだけでなく、その名前だけでも聞いたことがあるかもしれません。 パキスタンは、その彼の最後を遂げた山があるのです。 その山はウルタル2峰。フンザにあります。

1974年にパキスタンに併合された最後の藩王国であるこの地は、 アレキサンダー大王の末裔が住み着いたといわれています。 現在この地は、ツーリストたちに「不老長寿の村」「桃源郷の村」として 知られています。近年では、宮崎駿のアニメ「風の谷のナウシカ」の モデルとなった村、としても有名です。

彼は、この地にあった未踏峰「ウルタル2峰」に挑みました。 この山は懸垂氷河(山の尾根に氷河があり張り出している)のある、 極めて危険な山で、それだから登山者の心をくすぐる山でした。 「難攻不落」とは、ウルタル2峰のためにあるような言葉で、 登山をしようとすれば、日中は「畳ほどの大きさの氷塊がひっきりなしに 落ちてくる」といった大変危険きわまりない山だといわれています。 長谷川恒夫さんはその山に2度挑戦し、運悪く雪崩に遭い、この世を去りました。

96年の夏、私の愛すべき先輩である山崎彰人(日本山岳会東海支部、岐阜大学雷鳥クラブ)は 松岡清司(春日井山岳会)と二人でこの山を登りきりました。 二人の登山スタイルは、スーパーアルパインスタイルとしか表現のしようのないもので、話題を集めましたが、 下山した直後、無念にも山崎はこの世を去りました。そして翌年、それを追うように、 同じ地でレディースフィンガー登攀中に松岡君までもが事故に遭い他界しました。

パキスタンは美しい国です。そこに住む人々はとても親切です。 私は、この二人とかかわりがあり、その国が彼らの最後の地であるということで、 パキスタンの人々が強く生きる支えになりたいという強い思いをもっています。

岩花さんのご厚意により、SPBのカラビナが完成しました!つくってくださったのは愛知県知多市の永井金物店の永井弘之さんです。文字、形まで細かく再現してあります。感激です!ありがとうございます。

加藤 博
s

save.pakistan.bank@hotmail.co.jp